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誰かのために生きてきたチカラで
自分も幸せにする未来へ*°
看護師さんのためのこころのセラピスト
かすみん こと 香住 しずく です。
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私はこれまで、そして現在も
「かすみんは優しいからね」
「かすみんは優しすぎる!!」
と、言っていただけることがたくさんあります。
見た目で優しいのが伝わってくる!!
とも言っていただきます。
これは本当に嬉しい^^
あえて優しく見えそうな色の服、着てたりします。←
(単純に原色系が似合わないのもあります笑)
とっても嬉しいほめ言葉*°
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でも、昔は、この自分への
「優しい」
という言葉が嫌いでした。
断るのが苦手
人の話に共感しすぎてしまう
(例えば後輩指導で)人に注意することができない
「相手がどう思うか」を考えすぎて
どうしたらいいかわからなくなってしまう
自分の気持ちが言えない
「優しすぎる」という言葉が嫌いだったのは
優しすぎることで
生きづらいと思うことがたくさんあったから
優しいせいで
生きづらくて、苦しくなるんだと感じていたから。
「優しい」って一般的にはほめ言葉だと思うのだけど
過去のわたしにとっては
優しすぎてだめな人 みたいな感覚が近くて
「言いたいことが言えない人」
って思われてる気がしてました。
でも、こころの根っこではこんなこと思ってました。
「嫌われたくない」
「私は断れるほどの人ではない」
(私は人の誘いや頼みを断れるほどの価値はない)
でも、このことは、当時の自分は気づいていないんです。
「優しすぎる」と言われるのが悲しいくせに
「(自分に都合が悪くても)断らない」
「言いたいことは言わない方がいい」
そう選択しているのは私でした。
この気持ちが根っこにあると「優しすぎる」は素直に受け取れなくて当然です。
自分のことが嫌いで、自分には価値がないと思っていた私は
「優しすぎて」断れない
「優しすぎて」相手に注意ができない
のではなくて
「嫌われちゃいそうで」何も言えなかった。
「自分に自信がなくて」言う勇気がなかった。
この部分も大きかったと思います。
そして、もうひとつ大きな問題。
名付けて
こころの不法侵入問題!!!(笑)
自分の課題 と 相手の課題 の
境界線がごちゃ混ぜになっていること。
相手が向き合うべき課題なのに
自分のせいかも、と思って
相手の責任の範囲にも自分を入れてしまうんですね。
こちらがしたことに対して
「ありがとう」と捉えるか
「なんでそんなことするの?(怒)」と捉えるかは
相手の状況や価値観による部分もある
もちろん伝え方も大事ですし、明らかに自分に非があることは別ですよ。
(この記事を読んでくださるような方は、きっとそんなことはあまりない気がします)
でもね、自分がどう動いても、どう受け取るかは相手次第のところもあるんです。
そういわれたとき、そんな怖いことあんのって私は思いました(笑)
だって私、相手が不快にならないことを最優先に生きてきましたし。
でも不思議なことにね
自分には価値が少しはあって
自分も断ってもいい存在であること
断るかどうかを選ぶ選択権は自分にあること
断ってもいいし、断らなくてもいいんだということ
相手の機嫌は、相手のものなんだということ
(自分の機嫌は、自分のもの)
このことが、自分で感じられるようになってくると、不思議と
(自分が苦しく感じることを)
「断る」
「今は難しいけど、○○ならできる」
みたいな感じで、言えるようになるんです。
そうするとね、相手も自分も心地いいの。
(「できないだと?!(怒)」ってなる相手ももちろん一定数いるんだけどね)
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だってあなたが 大切な人に頼んだことを その人が無理して頑張った状態でやってくれてるとしたら… それを頼んだことを申し訳ないなって思う気持ちも出てくるでしょう。
その人の気持ちを知らなかった自分が、すごく悲しいでしょう。
だから、あなたを大切に思ってくれる人は
断っても怒らないはずなんです。
違う方法を考えてくれたり
逆に話を聞いてくれたりすることだってある
あなたが断った後
それをどう捉えるか
これは
相手のもの
自分ができる範囲や
その伝え方を考える
これは
自分のもの
でも、「優しい」の捉え方ってたくさんあるよね。
わたしは、どんな「優しい」も素敵だと思うんだよね。
だから
「自分が苦しくならない」ような選択をして
「自分に誠実に」生きていくのが大事なのかもしれないなぁと思う
自分を大切にすることは
相手を大切にすることなんだね
言葉にすると抽象的になるけど
自分を大切にすることの意味が分からなかった私にこんなブログが届くといいなあ。
誰かのために頑張れる人は基本的に
優しいと思うから。
今日も誰かのために頑張る看護師さんが
少しでも心地よくいられますように*°
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看護師さんの多くは、たくさんの人の悲しみや、苦しみに共感して「どうにかしたい」と思える人です。
時には人の怒りを引き受けすぎてしまったり、相手の機嫌を「自分のせいでこうなった」と思うことで責任を取ろうとすることもあります。
それは時にはとても大切なことでもあり、だからこそ、誰かの支えとなれる側面もあるのですが、「自分が苦しくなっている」ことは、置いてけぼりになっていることが多いです。
誰かの痛みを、寄り添って癒していくには「自分の余裕」がないといつかつぶれてしまいます。
でも、その方法を知らない人がとても多いです。
自分の余裕の作り方、知っていますか?
自分がどうやったら、楽な状態なのか、知っていますか?
これを知っているか知らないかは、今回ブログにした場面でのやり取りだけではなく、友人といる時や、彼・パートナーといる時にも「我慢する」という形で現れることがあります。
恋愛やパートナーシップにおける「我慢」は、いつか「爆発」や「自爆」に変わります。
自分も、相手も心地よく、そんなパートナーシップや対人関係を作るためにも、実は、必要な視点です。
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看護師さんのためのこころのセラピスト
香住 しずく(かすみん) でした!














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